読むだけでは、鏡は磨かれません。
道具も信仰も要らない、暮らしのなかの小さな実践を三つ。
今日から始められます。
明鏡学の教えは、五つの層でできています。
いちばん深くに一源があり、そこから三鏡が立ち、鏡を磨く指針として七原則が説かれ、七原則を暮らしの作法に割ったものが二十一の磨き。
そして、その最下層にあるのが、この日々の行です。
最下層とは、いちばん軽いという意味ではありません。
どれほど深い教えも、この層を通らなければ、毎日の身体には落ちてこない――教えと暮らしが実際に触れ合う、ただひとつの層という意味です。
書を閉じたあとの朝の一分、夜の一行。
ここにあるのは、そのための小さな入口です。
明鏡学の中心の実践。
朝、画面を見る前に一分だけ静かに座る。
座る・三呼吸・今日の磨きを置く、の三歩です。
一日一行のジャーナル。
今日の恩・約束・気づきを一つだけ刻む。
誰にも見えない、あなたの灯火です。
七原則それぞれに三つ、計二十一の具体的な作法。
今日ひとつ選んで、暮らしに置いてみてください。
二十四節気の節目ごとに、その季節の磨きをひとつ選び直す習わし。
立秋には立秋の、冬至には冬至の磨きを。
およそ十五日に一度、行を季節に合わせて掛け替えます。
節目の便りの配信は準備中です。
磨くだけでなく、鏡を身に携える行。
手鏡でも、画面の反射でもかまいません。
見るたび、自分の曇りを思い出す。
明鏡石は、曇らず身につけられる「携える鏡の代わり」です。
行が途切れるのは、誰にでも起こることです。
よくある二つの問いに、短くお答えします。
心が濁った日ほど、鏡の前に立つのが億劫になる。
散らかった机と同じである。
だから一分でよい。
― 石川詩音
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