祈りの教えではなく、磨きの学。
たった一つの考えから、三鏡・七原則・三暦が枝分かれします。
全体像を、順にたどってみてください。
上の層ほど「考え」、下の層ほど「暮らし」。
読むのは上から、始めるのは下からでかまいません。
明鏡学のすべては、この一つの考え(一源)から始まります。
悩みの姿は人それぞれでも、その正体は「鏡の曇り」という一つのこと。
だから明鏡学は、悩みを消す約束をしません。
曇りの払い方を、手渡すだけです。
心が映すのは、自分・他者・時のめぐりの三つ。
あなたの悩みが、どの鏡の曇りなのかが分かると、磨く場所が見えてきます。
おのれの本心・本性を映す鏡。
自分が分からない、自信がない、何がしたいのか見えない――その曇りに。
他者との関係を映す鏡。
人は互いの鏡である。
人間関係の疲れ、嫉妬、孤独、愛し方の迷いに。
時流・めぐり・宿命を映す鏡。
三暦が読むのはこの鏡。
焦り、停滞感、成果への不安に。
三鏡の曇りに応じて、心を磨く七つの考え方があります。
それが七原則です。
七つの原則は、それぞれ三つの「磨き」を持ちます。
いつ・どこで・何をするかまで決めた小さな作法が、あわせて二十一。
たとえば、起きて一分だけ目を閉じる「朝静」。
夜、今日いちばん残したい一行を書く「一行記」。
三ヶ月先の楽しみを一つ植えておく「仕込み」。
原則が「分かる」で終わらないための、いちばん下の道具です。
二十一の磨きを暮らしに載せる器が、日々の行です。
毎朝一分の「払暁の行」。
毎夜一行の「記銘帳」。
節気ごとに磨きを選び直す「節目」。
そして、鏡を身に携える「携鏡」。
長い時間も、強い意志も要りません。
一分と一行と、袖の中の一石が、毎日新しく始まるだけです。
明鏡学は、東洋に千年伝わる三つの暦学を、天鏡を読む道具として受け継いでいます。
運命を当てるためではなく、いま磨きやすい心のありようを知る手がかりとして。
生まれた年月から巡りの気を読む、九星気学の知恵。
いまが動く時か、静める時かを見立てます。
数に宿る性質から、その人の本質と傾きを読み解く知恵。
自分の輪郭を、別の角度から映します。
干支と木火土金水の巡りから、めぐりあわせと相性を読む知恵。
関係の鏡(人鏡)を磨く助けに。
「明鏡」という言葉は、古くから東洋の古典に見えます。
曇りのない鏡と、波立たない水――明鏡止水という言葉は、心を澄ませた境地を指すものとして長く親しまれてきました。
明鏡学は、この古典的な心のありようを出発点に置いています。
そこに、東洋で千年にわたり磨かれてきた暦学(九星・数秘・干支五行)の見立てを、天鏡を読む道具として重ねました。
占って安心するためではなく、自分を見つめ直すための鏡として使うのが、明鏡学の立場です。
これらの知を、現代の暮らし――絶え間ない通知、比較、成果への不安――のなかで使えるかたちに編み直したものが、明鏡学の七原則と日々の行です。
新しく作った教義ではなく、古い知恵を、いまの言葉に翻訳し直した実学だと考えてください。
この編み直しを行ったのが、明鏡学の始祖・石川詩音です。
その歩みと言葉は、始祖のページで読むことができます。
全体像がつかめたら、あとは一分の実践から。
はじめての方は「はじめての方へ」を、すぐ始めたい方は無料の学徒登録をどうぞ。