問題や課題は、解決するものではなく、対処するものです。
解決できないことに気を揉んでも、心が疲れていくだけです。
どうにもならないものは、そういうものとして受け流します。
明鏡はただ映すもの。観ることこそ、最も確かな行動規範です。
明は、日と月を並べた形。
くらがりを照らし、ものごとをありのままに浮かび上がらせる明るさをあらわします。
観は、ただ眺めることではありません。
静かに見つめ、その奥にある本当のかたちを見きわめることです。
あわせて「明観」とは、曇りのない鏡のように現実をそのまま映し、静かに観て、いま自分に何ができるかを見さだめること。
解決という結末を追う前に、まず正しく観る。
明鏡学において、観ることは、あらゆる行いの一番はじめに置かれます。
世の中の問題の多くは、解ききれません。
人間関係のこじれ、老いや病、過ぎたこと、他人の心。
どれだけ考えても、きれいに片づいて消えてなくなる、ということはめったに起きません。
それなのに私たちは、あらゆる問題に「解決」という結末を求めてしまう。
そして、解けないという事実に、いつまでも気を揉みます。
解決できないことに気を揉んでも、事態は動きません。
動かないまま、心だけがすり減っていきます。
だから明鏡学は、言葉をひとつ入れ替えます。
解決するのではなく、対処する。
終わらせようとするのではなく、うまく付き合っていく。
この一語の違いが、疲れ方をまるごと変えます。
そして、対処のためにまず要るのが観ることです。
鏡は、映したものを直しません。
ただ、ありのままに映すだけです。
けれど、はっきり映れば、変えられるものと変えられないものが見分けられる。
変えられるものには、今日できる一手を打つ。
変えられないものは、「これはそういうもの」として、そのまま受け流す。
この見分けは、正しく観るところからしか生まれません。
だから明観は、観ることを最も大切な行動規範に置きます。
焦って動く前に、まず観る。
良し悪しを決めつける前に、まず観る。
受け流すことは、逃げでも投げやりでもありません。
よく観たうえで「ここは変えられない」と見きわめ、静かに手を離す――
それは、心の消耗を防ぐ、いちばん賢い対処です。
明観がおもに磨くのは天鏡――時流・めぐり・宿命を映す鏡です。
同じ努力でも、すっと通る時期と、なぜか空回りする時期があります。
天鏡が曇ると、どうにもならないめぐりまで「自分の力不足」か「世界の理不尽」に見え、焦りが焦りを呼びます。
明観は、その天鏡を澄ませ、いまが動く時か、待つ時かを読み分ける原則です。
変えられるめぐりには手を打ち、変えられないめぐりは、めぐりとして受け流す。
波が静まるのを待てる静慮、成果に揺れない軸を立てる不動とともに、天鏡を守る三つ目の原則です。
手を止めて、起きている事実だけを一度書き出す。
「良い・悪い」の判断を混ぜず、そのまま映すと、問題の輪郭が見えてくる。
全部を終わらせようとしない。
いま打てる対処を、ひとつだけ決める。
一手を選ぶと、動かない問題にも足場ができる。
変えられないものに「これはそういうもの」と名をつけ、いったん置く。
放下は、投げ出しではなく手入れ。
片づかない案件を、終わらせようと抱え込まない。
「今日の一手」を一つ決めて、あとは明日の自分に渡す。
片づかない問題は、片づけるものではなく、付き合うものと観る。
相手を変えようとしない。
変えられるのは、自分の受け取り方だけ。
まず相手の言い分をそのまま観てから、返す言葉を選ぶ。
こじれた関係を、無理に修復しようとしない。
距離をとることも、りっぱな対処のひとつ。
どうにもならない相手は、そういう人として受け流す。
不安をむやみに消そうとせず、数字をそのまま書き出して観る。
見えたとたん、今日打てる一手が一つに絞れます。
漠然とした不安ほど、映すことで小さくなる。
すぐ治らない不調を、責め立てない。
治すことより、付き合い方を工夫する。
気分の強い落ち込みが長く続くときは、我慢せず専門家へご相談ください。
流れてくる出来事に、すべて反応しきろうとしない。
観て、閉じる。
全部に対処しなくていい、と決めておくだけで心が軽くなる。
Q対処では、根本の解決にならないのでは。
解ける問題は、解けばよいのです。
明観が説くのは、解けないものにまで解決を求めて消耗しない、ということ。
対処は、あきらめではありません。
解決が「終わらせる力」なら、対処は「続けられるやり方」。
続けられることが、長い目ではいちばん事態を良くします。
Q受け流すのは、逃げや無責任では。
受け流すことと、見ないことは違います。
むしろ逆で、よく観たうえで「これは変えられない」と見きわめ、静かに手を離すのが受け流しです。
観ずにただ耐えるのが我慢、観て手放すのが明観。
手放したぶんの力を、変えられることへ回すためです。
Q人と比べて落ち込むときも、対処なのですか。
はい。
比べて湧く感情は、消そうとするほど濃くなります。
だから、なくそうとしない。
「ああ、また比べたな」と一度観て、そのまま流す。
解決しようとしないことが、比較にはいちばんの対処になります。
直せぬものを、直そうとするな。
ただ、澄んだ目で観よ。
Ishikawa Shion · 明鏡学 始祖 石川詩音
石が問題を解決するのではありません。
磨くだけでなく、携えること。
明鏡石は、あなたが持ち歩く鏡の代わり――手のなかで触れるたび、明観を、まず観るという構えを思い出させてくれる一石を。