Words · 語録

二十二の言葉。

始祖・石川詩音が二十年の相談のなかで語り、書き遺した言葉から、二十二句を選びました。
上から順に読んでも、開いたところから読んでも構いません。

Ichi · 一

映るだけなら、水たまりでも映る。
歪みなく映って、はじめて鏡である。

明鏡学の出発点となった祖父伝来の言葉。
映ることではなく、歪みなく映ることを目指すという学の芯を示す。

Ni · 二

鏡は割れることより、曇ることを恐れなさい。

鏡師の家に伝わった戒め。
目に見える破綻よりも、気づかぬうちに進んでいく曇りにこそ目を向けよという教え。

San · 三

世界が急に不親切になったと感じたら、まず鏡を疑いなさい。

世界を責める前に、まず自分の鏡の状態をたしかめる。
明鏡学のものの見方を、最も短く言い表した一句。

Shi · 四

磨くのに、才能はいらない。
今日の一分がいるだけである。

才能や覚悟を求めず、今日の一分だけを求める。
朝の行「払暁の行」の心構えを、そのまま言い表した一句。

Go · 五

他人の鏡には、その人の曇りが混ざっている。
借りて覗くものではない。

他人の評価ごしに、現実をゆがめて見ない。
曇りのない目でありのままに観るという、明観の下地となる一句。

→ 原則「明観」を読む
Roku · 六

比べるなら、昨日の自分の鏡と比べなさい。

比べて湧く心も、消そうとせず、観て受け流す。
解決ではなく対処に置く、明観の実践を言い表した一句。

→ 原則「明観」を読む
Shichi · 七

迷いの九割は、忘れである。
だから書きなさい。

迷いの多くは、決めたことを忘れるところから始まる。
記銘の原則と「記銘帳」の実践につながる一句。

→ 原則「記銘」を読む
Hachi · 八

静けさは、逃げ場ではない。
判断の産地である。

静けさを逃避や休息ではなく、判断の条件として置き直す。
静慮の原則の核になった言葉。

→ 原則「静慮」を読む
Kyu · 九

軸は三本あれば足りる。
十本ある軸を、人は一本も守れない。

守るものを三つまで絞るという、不動の作法。
数を減らすことが、軸を立てる第一歩になるという見立て。

→ 原則「不動」を読む
Ju · 十

孤独は部屋ではない。
深さである。

孤独を境遇ではなく、自分と向き合う深さとして捉え直す。
孤深の原則を、一言で言い表した句。

→ 原則「孤深」を読む
Juichi · 十一

楽しみを買うな。
仕込みなさい。

楽しみは消費するものではなく、時間をかけて仕込むもの。
醸楽の原則の合言葉となった一句。

→ 原則「醸楽」を読む
Juni · 十二

枯れた器から注ぐな。
まず自分を満たしなさい。
それは我儘ではない、順序である。

自分を満たすことを我儘と呼ばず、順序と呼ぶ。
慈愛の原則が説く「注ぐ順序」を示した一句。

→ 原則「慈愛」を読む
Jusan · 十三

石が運命を変えるのではない。
磨いた鏡を携えられぬ日は、石を携えよ。
石は、曇らぬ鏡である。

守護石についての基本の見方。
石に運命を委ねるのではなく、磨いた鏡を携えられぬ日の「代わりの鏡」として、身の傍らに置く。

Jushi · 十四

祈るなとは言わない。
だが祈る前に、拭きなさい。

祈りを否定せず、順序を示す。
願う前にまず手を動かすという、明鏡学の実学としての姿勢を表した句。

Jugo · 十五

心が濁った日ほど、鏡の前に立つのが億劫になる。
散らかった机と同じである。
だから一分でよい。

心が重い日ほど一分でよい、という現実的な導き。
払暁の行が「一分」と定められた理由を語る一句でもある。

Juroku · 十六

曇りは敵ではない。
生きた証である。
生きて、曇って、磨いて、また生きる。

曇りを恥や敗北とせず、生きた証と見る。
磨き直せることを前提にした、明鏡学の人間観がにじむ言葉。

Jushichi · 十七

人は鏡を二枚持てない。
他人を映す鏡と自分を映す鏡は、同じ一枚である。
人に厳しい日は、自分にも厳しい。

他人への厳しさと自分への厳しさは、同じ鏡の上にある。
慈愛の原則の土台となった観察を語る一句。

→ 原則「慈愛」を読む
Juhachi · 十八

答えを急ぐな。
波が収まれば、月は勝手に映る。

答えを急いでかき混ぜるほど、水面は乱れる。
待つことも磨きのうちとする、静慮の時間感覚を示す。

→ 原則「静慮」を読む
Juku · 十九

私を信じるな。
あなたの鏡を信じなさい。

始祖みずからが依存を断った言葉。
頼るべきは他者の答えではなく、自分の目で観た現実だという、明観の徹底。

→ 原則「明観」を読む
Niju · 二十

磨き終わる日は来ない。
それを絶望と呼ばず、道と呼ぶ。

終わりのなさを絶望ではなく、道と呼ぶ。
磨き続けることそのものを歩みとする、この学の長い視野。

Nijuichi · 二十一

考えることをやめた日、人は他人の人生を生き始める。

考えることを手放したとき、人は他人の鏡で生き始める。
自分の頭で考え続けることへの、静かな促し。

Nijuni · 二十二

自由とは、思考の果てにある静けさである。

明鏡学が最後に指し示すもの。
思考を尽くした先に訪れる静けさを、自由と呼ぶ。
静慮の到達点を語る一句。

→ 原則「静慮」を読む
The Last Word · 第二十二句

自由とは、
思考の果てにある静けさである。

― 始祖 石川詩音

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